『落下の王国』という映画のリバイバル上映が始まったので観に行ってきた。

希少性
日本での初公開は2008年なので、実に17年ぶりの上映となる本作。その上、配給会社が倒産しているというのもあってDVDも廃盤となっており、今回の再上映を逃したら次はいつになるのか見当もつかない。
ということもあり、観に行ったシアターでは見たことないほどの人でごった返していた。
あらすじ
映画撮影中に大怪我をしたスタントマン「ロイ」と、オレンジを摘むときに木から落下して骨折した少女「アレクサンドリア」が入院中の病院で出会い、作り話のファンタジーを通して心通わせる……というストーリー。
概要だけ書くとハートウォーミングなプロットだけれど、肝はその”劇中劇”にある。


構図や彩色、背景美術がいちいちイケ散らかしていて目を奪われるのだ。ロケで訪れた国は実に20か国以上、世界遺産は10か所以上となっており、しかもCGはほとんど使われていないという狂気の沙汰。衣装担当が石岡瑛子というのもあり、キマりにキマっている。構図や色使いのイケ具合も相まってなんとなく”ジョジョっぽさ”がある。


この作品を「落下の王国」とネーミングする妙技よ。
自己言及
『チェンソーマン レゼ篇』しかり、『劇映画 孤独のグルメ』しかり、『NOPE』しかり、『夜明けのすべて』しかり、『フェイブルマンズ』しかり、自己言及的な映画が近年増えていると常々言っているが、今作も(意外にも)例にもれず“映画についての映画”だった。
作ることと救うこと
が、それはいわゆる「クリエイティブマンセー」的な創作礼賛映画ではなく、「落下による怪我」というアクシデントを共通点として出会った、年齢も性別も出自も異なる他者が対話をすることで互いに救われるという、あくまで泥臭いフィロソフィーが通底している。
人の人生に影響を与えるのは結局のところ「他者」でしかないという、ともすれば現代でこそ忘却されがちな自明すぎるテーゼが胸を打つ(とはいえ、ロイとアレクサンドリアの関係性は現代の視点で見ると、距離感的に危うい点が多々あるという点は付記しておきたい)。
そして、その対話に寄与するのが「作り話」なのだ。たとえ嘘であろうとも、何かを創ることで人の魂を救済する。これこそが、映画を始めとした創作の神髄だと言える。
物語にアレクサンドリアが介入してからどこか呑気でヘラヘラした空気が漂う点や、劇中劇におけるヴィランの衣装の着想がレントゲン技師のヘルメットという、病棟での日々に立脚しているのも可愛げがあって好き。
映画ファン待望の再上映ということで、都内のシアターは軒並み満席の日々が続くが、どうにか観に行ってほしいと思う。「スクリーンで映画を観ること」そのものの意義が如実に現れている作品だから。

再び「落下」の世界に改めて身を投じるロイと、平和な日常を取り戻すアレクサンドリアの対比も美しかった。日々は線路のようにどこまでもつづいていく。



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