スピッツ『ひみつスタジオ』レビュー おじさんたちにときめき続けてる

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ひみつスタジオに狂わされている……。

これを読んでくれている賢明な皆様におかれましては、「スピッツってオジサンたちの爽やかバンドだろ?」などと思っていることはないだろうけど、周りを見渡せばそういう印象を持っている愚人-おろかんちゅ-がまだまだいるようで。断言できるけど、国内外どこを見渡してもこんなに変態的なロックバンドはいないですよ。

2023年5月17日、そんなスピッツが約3年半ぶりとなる17作目のオリジナルアルバム『ひみつスタジオ』をリリースした。17作目て。結成当初からのオリジナルメンバーで30年以上続け、17枚もアルバムを出す持久力を備えたバンドなんて、もはや存在が奇跡でしかない。

今作は、改めてスピッツの瑞々しさとしぶとさとやさしさを感じるアルバムだと感じた。美しい鰭で取り込んだ新規リスナーにとっても「スピッツいいじゃん!」となるのはもちろん、往年のファンもニヤリとしたり、はたまた号泣せざるを得ないギミックがてんこ盛り。以下、一曲ずつ簡単にコメントしていく。

i-O(修理のうた)

制作ベースで言うと最後に完成した、窓辺から差し込む陽の光のような優しい曲。オープニングを飾るのが”治癒”についての曲ということが、もう今作の方向性を雄弁に語っているともいえる。ちなみにジャケットを飾る可愛らしいロボットの名前がi-Oとのこと。ソフビフィギュア化してほしい。

跳べ

前曲からいきなり一転、過去作でいうと『みそか』『トビウオ』のような、スピッツがパンクをルーツとしていることの片鱗を感じさせる攻勢のロック。ベースラインが落ち着きなく縦横無尽に動き回ってて面白い。還暦間近の譜面じゃないよコレ。クラップとともに刻まれる「ここは地獄ではないんだよ 優しい人になりたいよね」の歌詞に、世界がめちゃくちゃになった3年間を経た今を生きている中で優しく肩を叩かれた気持ちになり、誇張抜きで涙ぐんでしまった。

大好物

劇場版「きのう何食べた?」の主題歌。かわいらしいイントロからジャキジャキ刻むギターが意外とソリッドでおなじみの『大好物』。三輪さんジャズマス弾いてるんだ。「君の大好きな物なら 僕も多分明日には好き」という寄り添ってんだか捻くれてんだかわからない歌詞が最高にかわいい。

美しい鰭

先行シングルでリリースされた、映画コナンの主題歌効果も相まって大ヒットをかましている『美しい鰭』。フグの鰭酒でしか見ない字。映画のモチーフとリンクして、海中を泳ぐようなエフェクトがかかったギターのイントロが特徴的だけど、随所でホーンが入ってるし、Aメロの3連符ドラムとか、そもそもイントロのフィルインからして結構変な曲。サビの「流れるまんま 流されたら」の”情景描写させ力”エグくないですか?

さびしくなかった

「さびしくなかった 君に会うまでは」というキラーフレーズから始まる曲。真に孤独を知るのは他人と出会い、別れてからだと思う。なぜなら、ずっと独りだとそれを孤独と気づきすらしないから。『跳べ』や『美しい鰭』からまたさらに二転三転、こんなに清らかな祈りのような曲が来て、感情のやりどころがバグってしまった。

オバケのロックバンド

おそらく全ファンが驚愕の声を漏らしたであろう曲。僕も家で聴いてて「エエッ!?!?」と声を出してしまった。何とメンバー四人が順にAメロを歌い、サビは全員がリードボーカルを務める。活動歴32年にして全員が歌うのは今回が初だし、歌詞は草野自身とメンバー、そしてスピッツそのものの原点に立ち返るような内容。「子供のリアリティ 大人のファンタジー」だけで泣ける。特にアニバーサリーイヤーではないはずなのに、ここにきて突然背後から自己言及ソングをかまされると往年のファンはうずくまるしかできないのですが…。

手鞠

『春の歌』を彷彿させるイントロからかわいらしいサビに続くも、「常識を保つ細いロープで 身体のあちこち傷ついて」という2番Aメロの歌詞にぎょっとする。決して難しいワードを使わずともハッとさせるのが巧い。一人になりたいのに孤独は嫌いというところが今のスピッツっぽいとのこと(本人談)。会社の飲み会帰りに作ったのかな。

未来未来

ビヨンビヨンなベースで『Na・de・Na・de ボーイ』のようなリズミカルなイントロから急にエスニカルなコーラスがログイン。このコーラスは朝倉さやさんという方らしいのだが、日本全国の民謡風にアレンジができるらしい化物だった。スピッツのカバーも何個かYouTubeにアップロードしていて、どれも声量がイカれてる(しかもそれを見てスピッツ側からオファーしたらしい。夢すぎ)。ちなみにロッキング・オン・ジャパンのインタビュー記事によると、「サイバーパンクを意識した」とあり、改めて聴くと違った視点を得られて面白い。確かに「アァ~~~~~~~」のコーラスをバックに雨のネオ・チャイナ街を映すと面白そうだ。

紫の夜を越えて

結構前にリリースされていたイメージだったけど、アルバム収録は今作。やはりコロナ禍に制作されたのもあって、現実や日常にまなざしを向けた曲だと思ったが、唐突な「捨てた方がいいと言われた メモリーズ 強く抱きしめて」でまたも泣く。肝心な時に役にも立たないヒマつぶしのストーリーを持ってあなたのために蝶になるんやで……。

Sandie

牧歌的でかわいらしい曲。このイントロとAメロで流れるポゥワ~ワみたいな音はホーン?「僕の心は桃のようなカタチのまんまだよ」にもファンサを感じる。「新宿によく似てる魔境」はツアーごとに変えるタイプの歌詞なのか!?

ときめきpart1

映画『水は海に向かって流れる』主題歌。仮タイトルは『すずさん』(かわいい)。初めてのときめきだからpart2はないとのこと。ストリングスではなくバイオリン単独なのは意外と珍しい。

讃歌

マイナーコードで始まるしっとりした曲。「今は言える 永遠だと」にメロディラインに『砂漠の花』を感じる。こうした聴かせるタイプの歌モノのメロディセンスと草野の美しい歌声のシンクロ率は、活動歴と比例してますますハイレベルになっている。

めぐりめぐって

『讃歌』で終わらせないのがスピッツ流。こちらは『どんどどん』のような多幸感溢れるポップパンクで、Bメロで転調してサビまでに盛り上げる邦ロックらしさも抜かりないニクい曲。「秘密のスタジオで じっくり作ったお楽しみ 予想通りにいかないけど それでもっとワクワク」。何度も言うけど、30年以上やってるバンドが素でこんなこと言っちゃうんだぜ。たまらんよ。前作『見っけ』もだけど、アップテンポな楽曲でアルバムを締めるのが最高。フェードアウトではなくジャ~~ン!で爽やかに終わるのも最高。

大名盤!!

大名盤です。今年一位はPeople In The Boxの『Camera Obscura』だな!と勝手に胡坐をかいていたが、さっそく殴り込みをかけられた気分。

SpotifyのLiner Voice+(アーティスト本人がアルバムにまつわるエピソードを全曲解説する番組)では、「おじさんたちが頑張ってるんだなと思ってもらえれば」と笑いながら話していた。さらっと言っているが、「大切なお知らせ」でメンバーが脱退することを告げるバンドを数え切れないほど見てきた僕たちからすると(もちろん彼らも決してファンを裏切っているわけではなく、切実な選択の結果なのだが……)、上でも書いた通り、同じメンバーで30年以上バンドを続けるのは、「頑張ってる」どころではなく、もはや狂気の域だ。しかも、今作のリリースツアーは全国で45公演を予定しており、これはマイヘアとかよりも多い公演数だぜ?今年56歳になる人たちがここまでのバイタリティをもって創作に臨んでいるという、その事実だけで僕たち若者も負けてはいられないな……と思わざるを得ない。瑞々しさとしぶとさとやさしさを感じるアルバムとしたのはそういう理由です。

話は少し逸れるけど、こんなブログを5年もやっておきながら、実は中学生くらいまで音楽が好きじゃなかったんですよ。というか嫌いに近かったかもしれない(別に大した理由ではないんだけど)。そんな僕が音楽を好きになるきっかけになったのがスピッツだった。当時のJPOPは、壮大なサウンドとメロディアスなサビばかりでどれも豚骨醤油みたいな味付けだったイメージがある。そこに颯爽と現れた(正確には兄に勧められて聴いた)のがスピッツで、美しい日本語詞とシンプルなバンドサウンドはめちゃくちゃ美味い塩のみで調理された料理という感じがして、当時のゼウス少年にとって革命的だったのです。この喩え適切か?

今作は、これまでスピッツを好きでい続けてきた僕みたいなファンにとってもとっておきの秘密のプレゼントだし、タイアップで流入してきた新しいファンにとっても聴きごたえのある傑作。ベテランが若手に負けじと無闇に肩肘張って取り組んでいるのではなく、”スピッツがスピッツ自身を大好きでいる結晶”として、エネルギッシュに結実した作品だと思った。聴くたびに包まれる、ジャケットのアートワークのような暖かくて黄色い感情を追い求めて、僕たちはこれからもスピッツにときめき続けるのだろう。

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この記事を書いた人
大トロゼウス

社会人。音楽(特に邦ロック)、映画、酒、ロボアニメが好き。多趣味すぎて何も究められていない。

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コメント

  1. 匿名 より:

    共感しかない。
    自分の感想が上手な文章になってるのかと思うくらい、読みながら『ホントそれ!』の連続だった。

    ファン歴25年の若輩です。楽しい時間をありがとう。

    • 大トロゼウス より:

      嬉しいコメントありがとうございます!スピッツはいつでも音楽が好きになったときの気持ちを呼び起こしてくれますよね。

      25年は古参ファンですよ!笑

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