6月某日、最高気温35℃。
まだまだ梅雨は明けないというのに、ドアを開けて5秒でうんざりするほどの暑さが身体を穿つ今日は、実に半年以上ぶりのライブの日だ。社会人になってから、経済的にはある程度の余裕が出てきたものの、平日のライブを観に行くという時間的な余裕には乏しい日々を過ごしている。
それでも、今日という日は何が何でも仕事を切り上げる必要があった。
2018年に解散したあのフィッシュライフが、期間限定で活動を再開すること、再開にあたりライブツアーが敢行されることがアナウンスされ、そのツアーの皮切りとなるライブが今日なのだ。チケットは壮絶な争奪戦だったが、休日の朝に早起きして、何度も指をスワイプさせながら画面と睨めっこを続けた末、なんとか勝ち取ることができた。ほとんど最後方の整理番号だったが、取れただけで奇跡である。
会場は下北沢にあるライブハウス、ERA。元々好きな箱というのもあり当日を楽しみにしていたが、繁忙期の業務量は定時上がりを阻害する。「今すぐ退勤しても最初のサポートアクトに間に合わない」という時間を過ぎてもなお、業務に追われていた。
急ぎではない仕掛りの仕事を明日の自分に託し、半ば強引に退勤して下北沢へ向かう。開演は18:30で、現在時刻は18:40 。どんなに急いでも最初のバンドには間に合わないだろう。ここまでくるともはや冷静に、職場と下北沢がさほど遠くないという立地のありがたさに思いを馳せていた。
到着したころには最初のアクトが終了して転換中だった。「本命に間に合っただけ良かったか……」と一息つき、ドリンクチケットとビールを交換し、いそいそとなんとなく後方辺りを陣取る。見まわしたところ、スーツで来ている客は自分以外にも数人いるようだった。
次のアクトは篠澤広だ。確か過去にアイドルとして活動していたSSWで、10代で海外の大学を卒業したという経歴からバラエティ番組で引っ張りだこになり、お茶の間ではインテリアイドルとして浸透していた印象がある。アイドルを引退してからは個人で音楽活動を始め、下北沢や渋谷のライブハウスを拠点に活動しているそう。今回の対バンのラインナップの中では、個人的に最も馴染みがないアーティストだ。
会場が暗転し、入場SEとしてDinosaur Jr.の『Feel The Pain』が流れる中、サポートメンバーと篠澤が順番に登場する。
テンポが上がるパートでちょうど篠澤が右手をあげ、SEがフェードアウト。そのままMCもなしに一気に数曲が演奏される。
正直なところ、楽曲をちゃんと認知していたのが6曲目の『光景』くらいだったのだけれど(それでも生バンドによりかなり轟音のアレンジがされていたが)、「このライブに出演することの必然性が音となって放たれていた」と言うほかなかった。手垢のついた表現だが、「元アイドル」とは思えないほどのオルタナティブロックだった。
後でセトリを確認したところ、ほとんどが音源化されていない曲ばかりだった。しかし、どの曲でも少なくない歓声があがっていたのは、ライブでは定番曲ばかりだったのだろうか。
MCで放たれた言葉は「篠澤広です」「篠澤広でした」くらいだったが、「新曲やります」と言ってラストに演奏されたのが、後日MVもアップされた『サンフェーデッド』だった。
外の暑さとのせいか、会場の熱気のせいか、はたまた仕事に脳が忙殺されたからか、正直この辺りの記憶が曖昧だ。覚えているのは、オレンジの照明に当てられたホワイトベージュの髪が絹糸のようだったことと、茹だる夏の概念がそのまま具現化されたような音像に完全に食らってしまったこと。
この後のフィッシュライフも相変わらず非常に素晴らしいアクトだったのだが、頭のどこかではずっと『サンフェーデッド』が小さくリフレインしていた。

終演後の21:30頃、そそくさと物販に立ち寄って会場限定シングルを購入して外へ出ると、昼過ぎの酷暑が嘘だったかのような涼しい風が吹いている。「夏がはじまるよ」と、耳打ちするように。



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