映画『急に具合が悪くなる』を観た。

濱口竜介監督による最新作。本作主演の岡本多緒は、日本人として初めてカンヌ国際映画祭にて最優秀女優賞を受賞するという快挙を成し遂げた。
あらすじ
パリの老人介護施設でフランス発祥のある介護手法を普及させようと苦闘しているディレクターのマリーは、偶然出会った日本人を通じて俳優・吾郎と演出家・真理に出会い、ある医療ケア問題をテーマとしたテアトル13での彼らの舞台を観劇する。その舞台後のディスカッションで真理は余命があと半年であると日本語でマリーに告げ、彼らの交流がはじまる。
あらすじ(Wikipediaより)
アンチ資本主義、ではない
素晴らしい作品だと思った。非常に好きです。
公開当時は「これは痛烈な資本主義批判だ!」的な感想が散見されたけど、それだと片手落ち感が否めないというか。もう少し丁寧にパラフレーズすると “消費を是とする構造”に対峙・整理して、どの程度迎合しつつ、どの程度距離を取って生きていくか、というのがテーマだったように思う。
確かに作中では真理とマリーの2人が、資本主義社会が残した悪しき習慣、あるいは逆に取りこぼしてきた財産について議論を交わすシーンがある。そのシーンはかなり直截的で、言ってしまえば映画のコードというよりは”ビジネス新書的”ですらあるのだが、その構造の対象化こそが本作における重要なチェックポイントであったといえる。
加えて、このシーンは安易な”資本主義sage”ではない(真理も「資本主義によって生み出されたカルチャーに救われてきた側面もある」と劇中で言及している)。資本主義を含め、皆が当然に受け入れてる構造に相対して「ん?」と見つめ直すきっかけとしての機能を果たしているに過ぎない。
消費から距離を取れ!
本作はとにかく「消費されること」から意図的に距離を取っているといえる。
現に、登場人物たちにはキャラクター性らしいキャラクター性がない。たとえば、「嫌な奴が実はいい奴でした~」みたいな取ってつけたようなハートフルどんでん返しや、いがみ合っていた2人が終盤では分かり合えるといった受容しやすい展開は存在しない。
それどころか、「人物の死」すらドラマチックに描かれないのだ。
そうした意味でも、物語的な”消費”をさせまいとする確固たる意思が垣間見えた。劇伴もただ楽しい/悲しい場面を盛り上げるための引き立て役ではなく、つかみどころのない現代音楽のような様相を呈している。
どうでもいい、理想的な世界
淡々とした会話劇が続き、目立ったカタルシスも起きないのに、上質な時間が刻々と過ぎていく展開に唸る映画だった。特に、全員での”観劇”のラストシーンにはグッときちゃう。
自身を取り巻く問題の構造を整理し、対峙し続けた末に見えてくるもの。悪あがきをしながら辿り着く幸福なカオス。そういう予定調和ではない世界の美しさに、真理もマリーも我々も、なぜか涙を流してしまった。



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