映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(通称:エブエブ/あまり好きじゃない略称)を観てきたんですよ。

最高!!!めちゃくちゃ面白かった。めちゃくちゃだし、面白かった。とんでもない映像体験。KICK BACKのMVで米津玄師がマッチョになったり車に轢かれたりするじゃないですか。ああいう類の映像が2時間続きます。リニアモーターカーに乗って5分間で700回転調する曲を聴かされた気分。
Part.1 ストーリー
主人公は破産寸前のコインランドリーを経営する中国系アメリカ人の中年女性エヴリン。日々タスクとトラブルと納税に追われ疲労困憊な中、気弱な夫ウェイモンドが突然並行世界(マルチバース)のウェイモンドに人格を乗っ取られてしまう!「マルチバース全てに混沌たる悪が忍び寄っている。止められるのは君しかいない」と告げられ、二人でマルチバースへと”ジャンプ”し、戦っていくが……というストーリー。
監督はダニエル・クワンとダニエル・シャイナートによるコンビ:ダニエルズ。死体になったハリーポッターで無人島を脱出する映画とか作ってるイカれた人たちだ。
この通り、説明だけでも「クセ強映画」なのが分かるかと思うが、どうやらアメリカではアカデミー賞ノミネートを席巻しまくっているらしい…。
※とか言ってたら作品賞・主演女優賞・助演男優賞・助演女優賞・監督賞・脚本賞・編集賞を受賞してしまった。どうなってるんだ世界。
とにかくとんでもない映画だったので感想を残しておきたくてソーセージになった手で書いています。核心に迫るネタバレはしておりません…というかネタバレしようがない作品なので、お気軽にドゾー(死語)
自己言及的な映画のブーム
これはよく言われていることだけど、自己言及的な「映画についての映画」が近年非常に多い(ex.カメラを止めるな!映画大好きポンポさん、NOPE、フェイブルマンズなど)。その背景には、現代娯楽の第一線から退いている「映画」というものの価値を再定義しようとする流れがあるからだと個人的には思っていて、エブリシング〜もある意味そうした流れに符号した作品だと感じた。
劇中で、突拍子もない行動をする(突然敵に向かって「愛してる!」と叫んだりする)とマルチバースに住む別の自分の能力を借りてパワーアップできるという設定がある。シリアスな雰囲気でどうしてもふざけたくなる強迫観念的な瞬間ってあるじゃないですか、「目の前で怒ってる上司をぶん殴ったらどうなるんだろう」みたいなやつ。ああいうのを全部やっちゃう。「流れ的にここはこうかな~?」というクリシェが悉く裏切られていくのでそれを見るだけでも視覚的に面白いんだけど、シーンにそぐわないハチャメチャな言動を起こす=”常識を破壊すること”と捉えると、これまでの映画観をアポトーシスしていくメタファーのように感じられた。
遊園地映画
そういった展開が濁流のように襲い掛かってくるので、起承転結というより「起・超・転転転転転転転転!!!!!」みたいな、ジェットコースター映画なんて喩えすら生ぬるい「遊園地そのものな映画」なんだけど、まず”起”の描き方が凄くて。机の上に大量に並べられた見るだけでげんなりする確定申告用の領収書、煩雑な食卓、グレ気味の娘、頼りない夫、頑固なボケ父、セクハラしてくる客、LGBTQ差別…など挙げればキリがないほどのフラストレーションが最悪のピタゴラスイッチで押し寄せてくる。現実に存在する偏見やいざこざばかりだし、正直観ていてしんどいシーンもあるのだが、国税庁に着いてからはもう関係ありまへん!!怒涛のマルチバース旅行へい(って)らっしゃい!!!!って感じだ。4DXじゃないのに座席が揺れる。
普通の中年女性を主人公に据えること
別世界からやってきた使者から導かれるままに悪者を倒すという、ストーリー自体は至ってオーソドックスなもの。だが、普通の一般人を、それも多忙な自営業主婦という”いる人”を主人公に据えたことにより、別世界を行き来するというSF的設定でありながら、グッと身近に感じられる没入感がある(劇中では言及されないがエヴリンにはADHDという設定もある)。そりゃ普通は訳の分からない別世界よりも目の前の確定申告が大変だもん。あと、そもそもミシェル・ヨーの演技が素晴らしい…。
製作にはなんとアベンジャーズシリーズのルッソ兄弟が名を連ねている(そういえばミシェル・ヨーもシャン・チーに出演しているな)んだけど、MCUを離れて制作した映画が現在のMCUより明快かつ娯楽的マルチバース作品なのが皮肉的。新アベンジャーズも2025年に控えているけどマジで今後のMCUどうなっちゃうんだろう…。
Part.2 これが売れる世界ちょっと怖くない?
信じられないような映像が情報の雪崩となってとんでもないスピードで展開されるので、どこかTikTokやYouTubeのショート動画文化的だと思った。指をスワイプさせるだけで刺激的な情報が無限に網膜に入り込んでくる感じ。これがデフォになったら80億総メイド・イン・ヘブン状態になりそう。こういう作品がアカデミー賞を獲得するなんて一昔前だとまず有り得なかったと思うんだけど、この受賞がこれからの映画界においてそれこそマルチバース的特異点になるのなら、この先僕はついていけるのだろうか……という恐怖感も芽生えた。それほどエポックメイキングな作品ともいえる。
Part.3 それでも
マルチバースは”有り得た未来”を描けるという特性上、過去のトラウマ克服や現状の打破など「自分と向き合い、成長していく」ストーリーと非常に相性が良い。この作品も例に漏れず…なんだけど、ハチャメチャにカオスなので理解が追い付けないシーンも多々あるし、着地点も散々手垢のついたものな上にかなりの力技だ。しかしやっぱり僕は「それでも」と言い続ける作品が好きだなと…。
そして、そこに至るまでのプロセスと、辿り着いた境地がどうしようもなく愛おしくて、今日も僕らはレシートを集めていくのかもしれない。
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